桂三四郎ブログ インフルエンサー落語家 桂三四郎の挑戦

落語家 桂三四郎が毎日何かしら発信するブログ。

【話術】照れなんかゴミ箱に捨ててしまえ〜喋りが上手くなるブログ

どうも!!

 

手拭い屋さんです!!

 

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今日もたーくさん送りましたよー!!

 

注文ありがとうございますー!!

 

ベイスを立ち上げて6日目

 

さすがに勢いが落ちてきたぞー!!!

 

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在庫もだいぶへってきた(笑)

 

あとたったの140本!!!(笑)

 

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だいぶ売れとる!!(笑)

 

はよ、手拭いインフルエンサーから卒業したいわ!!!

 

 

桂三四郎の喋りが上手くなるブログ

 

照れなんてゴミ箱に捨ててしまえ!!

 

喋りだけでなく表現者にとって一番邪魔な感情

 

それが

 

「照れ」

 

こっぱずかしいとおもってしまう気持ちが一番不必要なものなのだ。

 

演者と観客の感情の一致

 

表現者が照れてしまうと

 

聞いてる人も恥ずかしくなってしまう

 

不思議なもので、表現者が

 

「これめっちゃ面白い!!」

 

っておもって表現するから面白く聞こえるのであって

 

「いやいや、つまらない話ですが」

 

なんて遠慮されると本当につまらなく聞こえてしまう。

 

怒ってる人の話を聞いたら怒りの感情が伝わって腹立ってくることもあるでしょう?

 

感情移入して感動しながら話している人の話はこころを震わせられます。

 

だから照れて話すと

 

相手も恥ずかしいのです。

 

笑いながら話すど素人

 

喋りにおいて知らず知らずのうちに照れが出てしまってる例もあります。

 

こんなひといるでしょう?

 

オチのところで笑いながら喋ってしまう人

 

これは自分の話が面白くて笑っているのではなく

 

恥ずかしくなって自分で笑ってごまかしているのです。

 

このど素人が!!!!

 

人笑わせる前に自分が笑ってしもたらぜんぜん笑われへんやないかい!!

 

笑いの基本中の基本です。

 

僕はこれを小学校四年生の時の担任、芝本先生に教えてもらいました。

 

どんな学校や!!

 

「どんなおもろい話でも笑いながら話したらぜんぜんおもろないやろ?テレビで芸人さんは自分の話で笑ったりせんやろ?そういうことや」

 

どういうことや!?

 

前後の話はぜんぜん覚えていないけど

 

こんなことを小学生に教えてしまう関西の先生すごいな!!

 

プロでも照れることもある

 

こんだけ言っておいてプロでも照れるんかい!!

 

と思われるかもしれないが

 

プロでも照れます。

 

先日の独演会での

 

「扇の的」

 

そして人情噺

 

「感動の舞台裏」

 

扇の的のネタは、他のネタと違ってめちゃくちゃカッコつけないといけないネタだ

 

笑わせることにはぜんぜん照れはないけど(一発ギャグとかはでけへんよ。照れ以前にできない)

 

カッコつけるということがこんなに恥ずかしいとは思わなかった。

 

でも思いっきりカッコつけないと噺の良さが伝わらないのだ。

 

俳優さんの凄さやジャニーズの人たちの凄さがあらためてわかりました。

 

人情噺にしても、笑いと関係ない感情表現をするという恥ずかしさ

 

でも思いっきり感情を表現しないと

 

物語が伝わらないのだ。。

 

本当に俳優さんの凄さがわかりました。

 

やはり自分が持っていないものを表現するときというには少なからず「照れ」を感じてしまうことがある。

 

もちろん舞台でお客様にわかるような照れ方ではないけど

 

やはりある。

 

ぼくの「扇の的」を舞台袖で見ていた先輩に言われた。

 

「三四郎、お前ちょっと照れてるやろ。お前はニのセンが、似合うねんからもっと思い切ってやらなあかんで」

 

見抜ける人には見抜けるのだな

 

そこから、自分が思っている3倍くらいカッコつけてやるようにしてみた。

 

すると、緩急のつけかたがグッと引き立って

 

作品としてすごく良くなった。

 

そして、ふりきってみたら意外と恥ずかしくないということも気づいた。

 

そう、中途半端にやるから恥ずかしいのだ。

 

「恥ずかしい」とか「照れくさい」を感じたら

 

思いっきりふりきって表現してみるといい

 

ふりきってやることに慣れたら

 

もうひと段階上のレベルに上がれるはずだ。

 

自分と他人の見方の違い

 

じつは、開き直ってかなりオーバーに表現しても

 

他人から見たら、そこまでオーバーな表現ではないことが多々ある。

 

やはり、心のなかにストッパーがあるのか

 

意識してもなかなか藤原竜也さんみたいな感情表現というのはできないもんなのだ。

 

藤原竜也さんくらいすごい感情表現ができたら

 

あっという間にスター俳優になれます。

 

だから自分が思っているよりオーバーに表現しても大丈夫。

 

ただ、たまにプロでもリアリティのかけらもない過剰表現をする人がいる。

 

まあ、やはりただ単にオーバーアクションなだけでぜんぜん面白くないのだが

 

これはまた別で

 

「照れ」を捨てているのではなく

 

「恥ずかしい」という感情がないままにただただ大げさに表現してるのは

 

ただの「恥知らず」であるということ

 

丼に牛丼の具を大盛りにしすぎてテーブルに溢れまくってるようなもんで

 

見た目も汚らしいし、量が多すぎるうえに味が濃い

 

ようなもんだ。

 

何事もころ加減のバランスが大事

 

「照れ」という感情を分かった上で乗り越えるということがなにより大事だということ

 

「恥ずかしがる」という人は

 

「全く恥ずかしがらない」人より

 

表現者に向いている。