桂三四郎ブログ 落語家 桂三四郎の挑戦

落語家 桂三四郎が毎日何かしら発信するブログ。

【話術】感情に振り回されると内容が伝わらない〜喋りがうまくなるブログ

 

桂三四郎の喋りが上手くなるブログ

 

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コンバンワ。

 

桂三四郎です。

 

僕は自他共に認める色白男子です。

 

海に行っても写真のように真っ白な体で日焼けはなかなかしません。

 

前から見るとこんな感じです。

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嘘です。

 

完全なる嘘をつきました。

 

優しい皆さんは怒っていないだろう。

 

些細なことでカチンときてしまう人は世の中にたくさん存在する。

 

喋りにおける感情

喋りにおいて感情というのは必要不可欠なものだ

全く感情を込めずに話をされても

全然頭に入ってこない!!

文字を音声で読み上げるだけで全てが伝わるなら

喋りの仕事は今後全てメカが担当するだろう

 

いや、メカって!!

 

人間の耳というか脳なのか

とにかく人間の聴く力というのはすごくて

自分にとって必要でない情報はあまり聞こえないように自然と取捨選択してるのだそうだ。

だから自分が興味がないことや自分にとって必要ないことは脳が自動でシャットダウンして耳に残らないようにしているのだ。

だから人混みの中でいろんな人間が喋っていても全然なんの話しているかわからなかったり、世の中にある全ての音が耳に入ってきてうるさくて聞こえないということはない。

だから補聴器をつけている方なんかは周りの音全てが大きく聞こえてしまうからとても大変なのだそうだ。

人間の耳というのは自分に必要な情報だけをより分けるようにできている。

 

え?嫁さんによく「ちゃんと話聞いてる?」っていっつも言われる?

別に聞こうとしていないわけじゃないけど話が耳に入ってこない時がある?ですって?

 

それは脳のせい!!

 

人間の耳の性能の良さ!!

 

だから奥さんに

 

「ちょっと!!私の話いっつも聞いてないよね!!」

 

って詰められたらこう返そう

 

「人間の耳ってすごいよね!!不必要な情報が入ってこないように選んでくれてるんだよ!!僕の耳って優秀!!」

 

多分、ボコボコにされた上、耳なし芳一みたいにされます。

 

喋りに感情を込める

 

全く感情を込めずに喋ったら、さきほど書いたように耳の性能によってシャットアウトされてしまうかもしれない

 

簡単にいうと聞き手の意識が

 

「こんな感じで喋ってるようなことなら大したことじゃないだろう」

 

となって耳に入らなくなってしまうのだ。

 

ただ、感情を込めると行っても込めにくい言葉もある。

何にもない平坦な文章に喜怒哀楽をぶち込むとそれはそれで違和感を与えすぎて伝わりづらくなってしまう。

 

感情というよりも、言葉に命を吹き込むという表現の方が良いかもしれない。

 

生きた言葉というのはちゃんと明確に意思のある言葉ということ

 

誰が誰に何を伝えたいかという意思が言葉に乗っているかどうかが大事なのだ。

 

落語が最たる例

 

落語というのは基本的に登場人物の会話だけで物語を進めていく

 

誰が誰にどういうことを伝えているということが観客にわからなければ落語として成立しないのだ。

 

「落語の途中で誰が誰なのかよくわからなくなりました」

 

というのは落語家にとって一番最悪な感想で、ここをわからせることができなければ落語という芸ですらないと行ってもいいくらいだ。

 

はっきりいってプロでもそういう方はいます。

 

覚えたセリフをスラスラ喋って、右を見て左を見て仕草をしながら喋ってるだけの人。

 

 

感情、人物描写等を省いてしまっている。

 

何を言っても笑ってくださるいいお客様の時はそれでもウケているけど

 

ちょっとおとなし目のお客さんだと全く笑いが起こらなかったりする。

 

なんとなく型通り上手に喋ってるように聞こえるけど言葉が生きていないので心に全然刺さっていない証拠だ。

 

だから生きた言葉を喋ってないとプロでも伝えられないこともあるのだ。

 

感情を込めればいいというものじゃない

じゃあ、とにかく感情を込めて喋ればいいかというとそういうものではない

 

喜怒哀楽を詰め込むだけ詰め込んだとしたら

 

しっかり言葉が生きているにも関わらず内容が伝わらない。

 

一番わかりやすいのが「怒り」の感情だ。

 

言葉に一番乗せやすい感情ではないだろうか。

怒りのままに言葉を相手にぶつける。

言いたいこともスラスラ出てくるだろうし

声も自分が思っているだろうし

表情もしっかり出ているだろう

 

ただ、伝わるのは内容ではなく

 

「俺は怒っているんだぞ!!」

 

という感情だけ。

 

聞いてる方も相手の感情に気圧されて何を怒っているのか理解するより先に

 

「えー!!メッチャ怒ってるやーん!!」

 

っとなってしまって反省とか内容とかなんか全く耳に入らなくなる。

 

だいたい「怒っている人」というのは自分の都合だけで怒っているのであって「怒られている人は」その「怒っている人」の都合というものはほとんど伝わっていない

 

だから伝えるべきことは感情ではなく内容が大事

 

他の喜哀楽も一緒で

 

感情が先行しすぎると肝心な内容が伝わらなくなる。

 

感情をのせるということにとらわれすぎず生きた言葉で喋ることを意識することが相手の心に刺さる喋り方ができるようになる第一歩だろう。

 

Voicyでもこの話題に触れています。

voicy.jp